息子と一緒に遥々、2泊3日のお出かけなのだ…(その5)

お出かけ

前回のつづき…。僕は、日曜日の午後、実家から車に乗って空港へと出掛けて行った。ここで発着するジェット旅客機を撮影するためである。

空港には早めに着いたのだけれども、警察の青いヘリコプターが離陸する場面を見ることが出来た。その機は、西に聳えるアルプスへと向かって行った。冬山で遭難の通報があったのだろうか?
そうこうする内に、目当てのジェット旅客機が着陸して来る。FDA(フジドリームエアラインズ)の鮮やかな赤系に塗装された機体である。遥か向こうに聳える雪山を背景に、着陸体勢を撮ることが出来た。

この機は、予定では30分後に、次の便として使われる。ボーディング・ブリッジの横では、荷物の積み下ろしや燃料の補給が手際よく行われていた。機内ではきっと、清掃が行われているのだろう。
そんな想像をしながら僕は、傾きつつある陽の光に煌めくエンブラエル175を見つめていた。こうして見ると、案外と小さな機体である。ボーイングで例えれば、737くらいに相当するサイズなのだ。

うちの方では、エンブラエルを見かけることはないけれども、ボーイング737ならば数千mから1万mの上空をよく通過している。ニコン P900のズームを十分に効かせれば、何とか撮影できるのである。
僕は、学校にあるプールの長さより少し大きいくらいだろうな、と目算した。実際に、全長も翼幅も30m前後だ。これが大空を飛び、且つ地上からその姿を認めることが出来るのだ。航空とは何という素晴らしい技術だろう。

さて、予定の出発時刻はもう、過ぎていた。展望デッキには30人ほどの人が集まっている。その殆どが、この便に搭乗している利用客の見送りだろうと思う。皆んな、ワイヤーを張ったフェンスにズラリと並んで機体を見守っている。
コクピットには、新たにふたりの操縦士の姿が見えた。向かって右側(つまり左の操縦席)には、ポニーテールの女性が窓越しに写っていた。女性の機長だ。

昨年、自衛隊初の女性戦闘機パイロットが誕生したというニュースが話題となった。それ以前にも、自衛隊の輸送機や民間航空会社のパイロットには、女性が既に何人かおられるようである。しかし、僕は今回初めて、女性機長を目撃したのだった。
ふたりのパイロットは、コクピットの中で書類を手に慌ただしく作業を行なっている。運行前の確認事項などが数多くあるのだろう。実に尊敬すべき、大変なお仕事である。

出発予定時刻の約10分後、周囲の作業員の方たちが、息のぴったりあった様子で撤収して行った。こういった動きのひとつひとつに無駄がないところもまた、素晴らしいことだ。見ていて惚れ惚れとする作業ぶりであった…。
下は、コクピットでふたりの操縦士が展望デッキの我々に向けてお手振りをして下さっているところ。機長はサングラスを掛けている。この後、タキシングの前にも、もう一度お手振りがあった。サービスが良いなあw

機体は一旦、滑走路の右端まで自走して行った。やはり、向かい風で滑走するのである。展望デッキには、航空ファンもいたようで、この機の一挙手一投足に解説を加えながら実況して喋っている人がいたw

そして、ジェットエンジンの轟音を響かせ、エンブラエル175は地上を離れた。まるで太陽へと向かって行くかの如く、一気に上昇する。これもまた、見事な光景である。飛行機はやっぱり、素晴らしいなあ…。

この機体は、このまま真っ直ぐ進まずに、東回りに大きく旋回をした。きっと、高度を十分に上げておく必要があるのだろう。それから再び、離陸したときと同じ方角に消えて行ったのである。

このFDA機と入れ替わるようにして、別のエンジン音が聞こえて来た。ヘリコプターのそれである。先程、任務に出発した警察のヘリが帰還したのだ。1時間余りの飛行であった。
着陸前、アルプスを背景に高度を下げて来たところを撮った。離陸したときと同様、一旦滑走路に着陸し、あとは格納庫の前に描かれている黄色い円の中へ、自走で戻って行った。

ヘリの中からは、何人もの隊員が降りて来た。服装は、紺色の制服であったり、黄色やオレンジ色の目立つ色合いの繋ぎであったり。きっと、山岳救助に向かっていたと思うのだけれども、救出者の姿は確認できなかった。

さて、この頃になると、展望デッキには人っ子ひとりいなくなっていた。風は相変わらず強く、一層寒さを感じるようになった。そろそろ、アルプスの山並みに陽が落ちるだろう。僕も、その前に帰ることとしよう。
建物の一階まで降りると、エントランスは既にやや薄暗く、人影は殆ど見当たらなかった。先程の出発で、この日の運行は全て終了なのだ。都市部の空港とは異なる、地方ののんびりとした雰囲気をここにも感じる。

僕は、車で実家に戻り、この夜にも父や息子と、母の作ってくれた晩御飯を賞味した。おかずは、息子の好きな唐揚げである。母の唐揚げは昔、いつも固くて食べにくかったものだけれども、いつの間にか腕を上げて(?)柔らかくて美味しいものになっていた。
そして、この日もまた、天体写真の撮影に勤しんだ。日周運動である。前の晩は北の方に向けたので、今度は南にした。しかし、試し撮りをしてみると、この方角も遠い街の灯りがぼんやりと写り込んでしまう。

従って、ちょっと思い切って、天頂近くまで三脚の雲台を傾けることにしたのである。元々狙っていたのはオリオン座だ。うちのベランダで撮ったものと、どの位の差が出るのか試してみたかったのだ。
オリオン座が何とか入るくらいまで、仰角高度を上げた。そこで、P900のタイムラプス機能を使って一コマだけ撮ったのが、下の写真。シャッターを約20秒だけ開放したのである。

ディスプレイによっては分かりにくいかも知れないけれども、ほぼ一面に星が写った。P900の液晶は輝度が高いので、僕はその場でこれを見て驚いたのだ。ここまで写るのか、と。右上にはプレアデス星団も見える。
そして、そのままカメラを三脚に戻してタイムラプスを実行したのが下の写真だ。本当は150分の設定なのだけれども、あまりの寒さに(?)バッテリーが萎縮して、約3分の2で撮影終了となってしまった。

しかし、屋内に戻り、この写真を切り出して僕は目を見張ったのだった。先程の20秒開放の写真に輪をかけて沢山の星たちの軌跡が、そこには記録されていたのだ。コンパクトカメラたるP900でも、ここまで撮れるのである…。

この夜は、母も感嘆する程の、星降るような満天の夜空だった。それが余すところなく写っているように感じたのである。よく見ると、夜間飛行の光跡まで斜めに点々と写っている。
この地が如何に、光害の少ないところであるかの証左であろう、と思う。街の明かりさえ避けて撮れば、こんなにも多くの星々が写るのだ。いやあ、驚いた…。

そういえば、僕は中学生の頃に、かなり熱中して日周運動ばかり撮影していたものだった。そのときの感激も、こんな感じだったと思う。
今から30数年前は、カメラの性能やフィルムの感度が随分と低かったとはいえ、それでも結構楽しかった筈である。そんな風に、昔の喜びや嬉しさをちょっと思い出したのであった…。

……

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