夏休みを利用して、今年も各駅停車の旅で実家に帰省したのだ(2)…

お出かけ

僕にとって、今年の8月はアッという間に終わったような気がする。

今回、塾の仕事の夏期講習では高校2年生を受け持つ機会があった。普段は中学生を担当している僕にとっては滅多にないことである。でも、良いチャンスであると思ったので引き受けることにした。
授業で扱うのは「比較」の文法単元である。中学でも勿論この単元は習うのだけれども、高校のそれは幾分複雑だ。僕は授業で用いるテキストを元に入念に予習を行なって授業に臨んだ。いずれもレアだと感じられるフレーズばかりなのだw

当然ながら僕も自分の大学受験時に十分に勉強した筈なのだけれども、滅多に目にすることのない表現が多く、半ば学び直しをするくらいのつもりで勉強した。これらは、英検1級の英語学習(長文読解など)でも見かけることが少ないだろう、と思う。
つまり、大学受験の英語とは文字通り、入学試験のためにある英語なのだろうか?とも感じた。英字新聞や洋書などで目にすることの殆どないような表現をせっせと覚えて試験に備える…畢竟これが受験英語というものなのだろうか?などと。

しかし、知っていて当然ながら損をすることはないので、頭に入るのならば幾らでも知っておくべきだ。知識とはそういった類のものだからである。そんな風にあれこれと考えた夏期講習の日々であった。実に勉強になったと思う。

あと、空手道の稽古では、松濤館流で6つある基本の形(かた)を6つ目まで全て、この夏に覚えることが出来た。先生も「覚えが早い」と褒めて下さっている。僕の形の挙動で直すべき点は、まだ細かくあるとは思うけれども、一応ひと通りマスターしたのである。
これで、形に関しては3級(茶色帯)までの謂わば予習が終わったことになる。今後はこれら6つの形を磨き上げ、力強く美しく演武できるようにすると同時に、指定形と呼ばれる一層複雑な別の形にも挑戦していくことになるのだ。楽しみなことだと思っている。

そんなわけで、例年にも増して実りの多い夏であったように思う。暑い暑いと言ってダラダラ過ごしていても何にもならない。思えば、昨年の夏は新型コロナに罹り、治ったあと筋トレを始めた。その頃から考えると随分な進歩をしたものだと我ながら感じるのだ…。


では、僕が夏休みの間に実家に帰省したときのお話の続きをば。

ある日、部屋の窓でチュンチュンと鳥の鳴き声が盛んに聴こえてきたので見ると、スズメならぬツバメたちが遊んでいたのであった。4〜5羽ほどいただろうか。その中の一羽を撮ったのがトップの写真だ。夏の青空に白い雲とツバメの姿が映えていると思う。

さて、下は実家の庭で採れたブドウである。「手が届かないので採って欲しい」と母から頼まれて僕が収穫したものだ。ブドウ棚には、まだまだ沢山の房が実っていた。食べてみると、まだ数日早かったのか多少の酸っぱさはあれども、甘くて美味しかったのだった。

ブドウの皮は、うちのうさぎの好物である。よって、食べ終わった後は、洗って干しておき、帰宅の際にうちに持って帰った。実家で食べた桃の皮と同様、うさぎにおやつとして与えるや、ムシャムシャと喜んで食していたのであった。

母とスーパーへ買い物に行った際には、僕は仕事場にあてたお土産のお菓子を購入すると共に、鯉の身を輪切りにしたものを買って貰った。鯉はこの地の郷土料理の食材である。鯉こくと言って、味噌汁で煮て食べるのだ。僕はこれが子供の頃から好物である。

鯉は、この辺りのどのスーパーでも売っているというわけではないようで、例えば某大手流通系の店には置いていないのだと母は言う。そこで、地元では少し高級と言われている別の店で入手した。下は、母が作ってくれた鯉こくの写真である。

滋養が豊富で、夏を乗り切るにはピッタリの料理だと思う。鯉の身から出る脂が多く、食べてみると豚汁のような風味がある。むしろ魚の生臭さのようなものは一切感じない。よく煮込んであることもあって、鯉は柔らかくて実に美味しいのである。

さて、母とは、毎日お茶を飲みながら色々な話をした。実家ではいつものことである…と言っても、取るに足らないような雑談になることは殆どなく、大抵は何らかの教えを含んでいることが多いのが如何にも僕の母らしいのだ。
母は戦国武将をルーツに持つ士族の家の出なので、今回は士族階級と平民との違いについて、僕が尋ねるままに教えてくれた。日本の階級制度は戦後ほどなくして法的には終わったのだけれども、士族は上流階級としての家風や文化をずっと守り続けているのである。

そんな中、母が子供時分や若き日に直面した数々のエピソードを聞くことが出来た。上位5%の階級といえども常に尊敬の的になるわけではなく、時として嫉妬などの対象ともなり得るのだ。また、平民の立場を余り自覚できていないような人々についての話も少し。
僕も最近は空手道の鍛錬を通じて、自らが士族の血を引く者であることを強く自覚している。これは、僕がこれまでに体験してきた3〜4つの武道ではあり得なかったことだ。年齢も作用しているとは思うけれども、空手道が持つ厳しさが自覚を促すのかも知れない。

上は、お茶飲み話の続きの最中に母が縫ってくれた僕のバッグのサイド部分。実家に来てみたら、横の大きなポケットがパックリと裂けていたのだった。重いものを詰め込みすぎたせいだろうか?この部分は丁度、肩掛けのフックが付いている箇所なのである。
母に見せると、話の続きを語りながら2回に分けて縫ってくれた。それぞれ、約15分ずつだった。お陰でバッグはすっかり復活して、帰り道も無事に持ち運びすることが出来た。これは非常に有難いことである。今後もまだまだ使い続けられそうだ。

さてさて、あともうひとつ、母は30年ほど前に遭った不思議な体験についても語っていた。それについては、次回の投稿で書こうと思う。夏の帰省についてのお話は、今回は取り敢えずここまでに致しとう御座います…。

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