文豪ふたりによる名言対決の本。これは実に面白い一冊なのだ…

お出かけ

トップの写真は、先達ての週末に、息子と実家へ行ったときにニコン P900のズームで撮ったアルプス。高速バスを降りてから、歩きながらの撮影。そういえば、そのとき息子が驚いたように言った言葉がある。

「なんか、草食動物のフンのような臭いがする…」その周囲には、ややぬかるんだ田んぼの他に、横に長い柵と屋根だけの建物があった。牛舎である。
僕は言った。「あそこで牛をたくさん飼っていて、フンを肥料として田んぼに撒いているんだよ」息子は、道理で…という感じで頷いた。ついでに僕は「田舎の香水なんて言う人もいるよ」とも。

僕なんかには、むしろ懐かしいような匂いなのだけれども、動物といえばねことうさぎしか身近にいたことのない(やや半端な)都会っ子には、牛糞というものは珍しかったのかも知れない。これも、いい勉強だろう。


さて、息子は今日、友達とカラオケにでも行ったようだ。勉強から解放されて、すっかり羽を伸ばしているw
そんな息子に郵便物がひとつ届いた。真っ白でほぼ正方形、内側にクッション入りの封筒である。丁度、学校から帰って来た娘が「これ、誰?」と指差す差出人は、高校の担任だったU先生だ。フルネームだけが裏面に記してあった。
さて、中身は何だろう?キーホルダーのような形の固形物が手触りで分かる。開けるのは、息子が帰ってくるまでのお楽しみだw

僕の頭の中には、卒業式の最後、生徒たちからの「呼び掛け」の場面で、泣きそうに目を細めて俯くU先生の姿が想起された。ニコン P900のズームで僕が会場の奥から見ていた表情である。

受験直前の三者面談でU先生は「英語に関心を持たせられなくて、どうもすみませんでした」と、かみさんに詫びたのだという。息子の英語の成績が上がらなかったためである。
僕はうちでそれを聞いて、いえいえこちらこそ、と思ったものだ。U先生は、某理系国立大学出身の数学の先生なのである。何処か理数系らしくないような、情感溢れる、実に柔らかな雰囲気の先生だった。息子はやはり、良い高校に行ったものだと思う…。

さてさて、息子と実家へお出掛けした際、僕が高速バスの中で読んでいた本について…。頭木弘樹(とうき ひろき)さんという方が編訳した、『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決』である。

僕がこの本を読んでみようと思ったきっかけは、著者の頭木弘樹さんがNHKの「ラジオ深夜便」という番組によく出演されているからだった。その番組の中で、「絶望名言」というコーナーを担当しているのだ。
丁度、このコーナーが放送される時間帯に、僕は早朝の仕事へと出掛ける。たまに車で通勤すると、ラジオでこのコーナーを聞くことがあったのだ。この頭木さんはどんな経歴をお持ちの方なのだろう、と興味を持ったのである。

ネットで少し調べて見るだけですぐに分かった。結構多数の本をものしておられたからだ。しかも、その何れもが文豪たちが絶望の中で記した言葉を集めたものばかりだったのだ。謂わば、絶望名言の専門家である。
頭木さんは、大学在学中に難病に罹り、人生を絶望する淵に立たされた経験をお持ちの方だ。長年の闘病生活の中で、カフカの言葉に出会い、それが救いとなったのだそうだ。

その後、カフカが愛読していたというゲーテも読むようになり、このふたりを並べてみよう、と思い立ったそうである。そこで作られたのが、この『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決』という本なのだ。
僕は、この着想が実に面白いと感じた。ひとりの人物やひとつのあるテーマを元にした名言集などは、よくあるだろうと思う。しかし、この本は、ふたりの人物による、名言の対決なのであるw

さて、この『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決』では、カフカとゲーテが「こんなに似ている」という点と「こんなにちがう」という点を紹介するところから始まっている。
いわば、このふたりのプロフィールを披露しつつ、共通点と正反対の両方を明示しているのである。こうして見ると、カフカとゲーテは、瓜二つであり真逆でもあることが見て取れる。興味がいや増して来るのだ。実に、面白い。

そして、本文。世代がふた周りほど違うので、接点のないふたりだけれども、それぞれの著作を通してまるで対話しているかのように名言が並んでいく。カフカはゲーテの愛読者だったと言われている通り、何処かで意識はしていたのかも知れないと思わされる。

下は、ゲーテのページ。基本的には、ポジティブな内容の言葉が多い。本書の「はじめに」で書かれていた通り、順風満帆の幸せな人生を送ったのかも知れない。希望に満ちた名言の数々である。

そして、一枚めくると、紙面は突然グレーになる。ゲーテのページになると、紙がやや黒っぽくなるのだ。何故ならば、ゲーテの名言はネガティブなものばかり…。謂わば、ダークサイドなのである。
前ページのゲーテの言葉に呼応するような内容のものがそれぞれ選ばれているのだけれども、上に書いたように、まるで両者が対話もしくは文通でもしてコミュニケーションを取っていたかのような感覚になって来る。

そのヴァーチャルなコミュニケーションの雰囲気が何とも心地よい。時空を超えた文豪同士の、言葉によるガチな対決なのである。次の対戦が楽しみで、ページをめくる手が止まらないw 高速バスの中で僕は貪るように読んだ…。
そして、これは傑作、という対戦を見つけると、隣の席にいる息子にすぐさま見せるのである。息子も、それを見てクスリと笑う。こんな風に、ひとりで読むのもよし、ふたりくらいで読むのもまたよし…の本なのだ。

いちばん笑えたのが、ハエについての名言(?)である。下にちょっと書き出してみよう…

ゲーテ《ハエを千匹殺す》
「晩に、わたしは千匹のハエをたたき殺した。
それなのに早朝、一匹のハエに起こされた。」

そして、ページをめくると…

カフカ《ハエをそっとしておく》
「かわいそうなハエを、
なぜそっとしておいてやらないのですか!」

ゲーテの方は、詩からの抜粋、一方でカフカは、ある少女にかけた言葉なのだそうだ。でも、こうして並べてみると、それぞれのキャラクターと相まって、何か不思議な繋がりが感じられて来るのである。本当に、こんな会話をしたかのような…。いやあ、面白い。

それから、この本を読み進めていくと、その内にゲーテがカフカのようになり、カフカがゲーテのようになり…というねじれ現象が起きて来るのだ。更に行くと、遂に…?最後にどうなってしまうのかは、本書を是非とも手に取って確認してみて頂きたいと思う。

そんなわけで、頭木弘樹さん編訳の『絶望名人カフカ×希望名人ゲーテ: 文豪の名言対決』。文豪の名言にご関心のある向きにも、言葉による対戦に興味をお持ちの方にも、ちょっと暇なときに読める本をお探しの皆さんにも、お勧めの一冊です。

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下は、NHKラジオの「絶望名言」のコーナーを書籍化したもの。これらの他にも、絶望や名言に関する著作が多数です。注目の作家さんと言えるでしょう。今後も、ご活躍を期待しております…。

頭木弘樹 著『NHKラジオ深夜便 絶望名言』
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