あまりにも続く、ここ最近の訃報。今朝もついに、来てしまった。信じられない。こんなことがあるなんて…

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トップの写真は、ゆうべの月。午後9時過ぎに自転車で帰宅する最中、丁度昇って来るところを見た。その眺めを楽しみながら帰ったのである。

月齢は19.5を幾分過ぎたところ。「寝待ち月」と言うべき頃合いだろうか。これは、「昇るのが遅くて、寝て待つ月」という意味なのだそうだ。
帰宅してから、早速ニコン P900を使って、手持ちで撮影。もう、だいぶ昇ってしまっていたので、厚い大気の層に膨らんだような形ではなくなってしまい、少しつまらない…。

その代わりに、AdobeのLightRoomCCというアプリで写真を弄って楽しんでみた。クレーターを強調したのである。流石、これは強力なアプリ、ゴツゴツした感じが大いに出たw
ちょっと絵面が荒涼殺伐としてしまったかも…。しかし、日本では古来、月とは死の世界の象徴でもあったと聞く。その意味においては、こういった写真加工もまた興趣である。


さて、このブログでは、僕の好きなクリエイターの方たちが逝去すると、その訃報と哀悼の気持ちを書き置いて来た。特に今年はそれが多いように思う。
少し思い出してみるだけでも、作曲家の東海林修先生とヨハン・ヨハンソン氏。ブロガーで物理学の博士でもあったピンちゃん。落語家の桂歌丸師匠。あと、クリエイターではなかったのかも知れないけれども、うちのねこ、ちいー。

どの面々も、僕にとって大切な人(ねこ)たちばかりである。その他にも、このブログでは取り上げなかったけれども、失って惜しい人たちが他にも数多とおられた。今年は、それが特に多いように感じられるというわけなのだ…。
そんな中、今週に入って、またも大切な人たちの訃報に、3日も連続して触れることとなってしまった。もう、僕にとっては、気持ちという面で実にダメージの大きい出来事ばかりなのである…。

まず、11月26日(月)に、下のような訃報が飛び込んで来た。イタリアの映画監督、ベルナルド・ベルトルッチ氏が亡くなったのだ。


(出典:livedoor NEWS

今や世界的な日本人音楽家のひとりとなった、坂本龍一キョージュ。映画音楽というジャンルで、キョージュから名曲の数々を引き出したのは、間違いなくこのベルトルッチ監督が筆頭なのだろう、と思う。
オスカーに輝いた『ラストエンペラー』をはじめ、『シェルタリング・スカイ』や『リトル・ブッダ』もしかり。いずれも、名曲揃いである。ベルトルッチ氏は、音楽というものを実によくお分かりになっておられる映画監督であった。

その分、キョージュがせっかく書いてきた曲を、没にしたりリライトを命じたりしたことが何度もあった、というのは有名な話。でも、そのお陰でどれだけ優れた楽曲が数多く生み出されてきたことか…。
その中のひとつ、『リトル・ブッダ』のエンディング曲を下に貼っておきたいと思う。キョージュの音楽の中で、ベルトルッチ作品の楽曲といえば、『ラストエンペラー』も実に良いけれども、この『リトル・ブッダ』もまた素晴らしい。

前半はレクイエム、後半が天上の音楽へと様変わりするという構成だ。この曲に関しても、キョージュが書いて来た別の曲をベルトルッチ氏が一旦没にしてから、キョージュが改めて書き直して来た、という逸話がある。
そのようにして、作曲家の才能を極限まで引き出すのが上手い監督だったのだろう。この『リトル・ブッダ』のエンディング曲は、多分100年後もキョージュの代表曲のひとつとして挙げられる傑作中の傑作だと僕は思っている。


さて、前日のベルトルッチ監督の訃報に続いて、火曜日にはジャズピアニストの前田憲男氏の逝去のニュースである。これもまた、非常に残念なことだ…。


(出典:livedoor NEWS

僕は、日本人のジャズピアノ演奏では、前田氏のそれがいちばんお気に入りだった。ピアノも作曲も独学ということに加え、演奏もアレンジの技術も実に洗練されていてお洒落。そのいずれも、僕の好きな点だったのだ。
とりわけ、オーケストレーションなどは聞いてすぐに前田氏だと分かるくらいに特徴的だったと思う。テレビ番組のテーマ曲で言えば、「世界まるごとHOWマッチ」のオープニング曲は、聴くだけで豪華絢爛な気持ちになれたものだった。

そういえば、前田憲男氏が10年くらい前、パーティ会場に置いてあった電子ピアノで即興演奏をしたという動画がある。先日、僕はそれを久し振りに再見した。

画家が席画をパッと描いて披露するが如く、こうしてその場でイメージの赴くままに楽器を弾くことが出来るというのは、実に素晴らしいことだと思う。
この動画のコメ欄には、前田氏が「100歳までピアノを弾く」と仰っていたのだという旨が書いてある。人にとって、やはり100歳というのは実に高い壁なのだなあ…と哀切をもって感じる。


こうして、今年は、僕の好きなものばかりが奪われていくような気がする…。せめて来年は、どうかこんな年になりませんようにと冀ふ、と考えていた矢先、今朝また訃報が飛び込んで来た。

もう3日連続も訃報に接す…。こんなにも毎日続くとは思わなかったのだ。コラムニストで作家、写真家、コメンテイターの勝谷誠彦氏が昨夜逝去されたとの報を今朝、氏の配信メールで受け取ったのである。


(出典:日刊スポーツ

僕は、彼此15年以上の間、勝谷氏の文章に毎日接している。最初は何のきっかけだったのか、氏のブログ(さるさる日記)を読み始め、それが有料配信メールとなってからは、創刊から購読し続けた。

そして、今朝の号が、とうとう訃報となってしまったのである…。何ということだろうか。この配信メールを読んだときには、余りのことに我が目を疑った。信じられない、というのが率直な気持ちだ。

ここカツブロは、勝谷誠彦氏のプロデュースするサイトである。そのような意味においても、勝谷氏は僕の文章の師のひとりとも呼べる存在であったと思う。但し、直接の指導を受ける機会があったわけではなく、あくまでも私淑ということなのだけれども。

勝谷誠彦氏に、僕が最後に直接お目にかかったのは、今年の4月、国会議事堂前にある憲政会館で開かれた講演会であった。正直を申し上げると、お話にいつもの切れ味が少し感じられず、あれ?という印象の残った講演だった。
きっと、そのときから体調が優れなかったのだろうと、いま改めて思う。もう少し早い時期に病院へと駆け込んでいたら、氏の生命はもっと延びたことかも知れない。でも、そんな想像も今は虚しいだけである…。衷心より哀悼の意を表したいと思う。

こうして、今年は僕の大切なものが、余りにも天に取り上げられ過ぎだ。一体、どうなっているのだろうか?この年は、あと1ヶ月余りがまだまだ残っている。これは、甚だしく長い、残余零物の日々である。げに恐ろしく思う。さて僕は、どう生きていけば良いのだろう…。

……

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