英語の音読トレーニングを続けて一旦行き着いた先は、カズオ・イシグロ氏の『わたしを離さないで』だったのだ…

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僕は、日々の英語学習の中で、例えば音読トレーニングについては、複数のジャンルに分けて進めていっている。例えば長文の読み物は、英訳の新約聖書『世界の教養365』の原書を利用しているという具合だ。
それから、英語スピーチというジャンルでは、オバマ大統領の演説などを活用している。『オバマ演説集』などのCDブックだ。数々のオバマ大統領の演説を生音声と一緒に読み続け、そろそろ手元のネタが尽きてきた。

オバマ大統領の演説集は、大統領選挙前から第2期の退任まで異例なほどに数々の本がCD付きで出版されている。それらを新たに買い求め、また一緒に声を出して読んでいっても良いのだけれども、そろそろ別のネタが欲しい。一方でそんな気もしてきたのである。
そこで取り上げることにしたのは、英国の作家であるカズオ イシグロ氏だった。日本(長崎県)生まれで、5歳のとき両親とともに英国へと渡って今に至る。2017年のノーベル文学賞受賞者だ。

数年前にカズオ イシグロ原作の映画『日の名残り』を観た。文学的には純文学に属する作品だろう。英国らしい非常に上品な雰囲気と、人間の抑制され且つ気高い精神性を実に巧みな筆致で描いた物語だと思った。
そして昨年、DVDで映画『わたしを離さないで』も観たのである。こちらは、どちらかと言えばSFにカテゴライズされている。クローン人間たちの余りにも深い悲哀を描いたディストピアな物語だ。

これらふたつの作品に共通するのは、生きる者が持つ多大な喪失感と、何かを掴もうと藻掻けども決して得ることの出来ない(しかし諦め切れないような)一種の諦観だと感じたのである。
つまり、カズオ イシグロ氏の文学の根底には何かそういったものが通奏低音として流れていっているのだろう、と思ったものだ。

先日、『カズオ・イシグロ 文学白熱教室』というDVDを観た。NHKの同名TV番組をパッケージ化したものである。音声は原語の英語か、声優による日本語吹き替えのいずれか。字幕はない。
僕は、この音声をチャプター毎に英語で先ず2〜3回聴き、そのあと日本語で1回聴く。次に再び英語でもう1回聴く、ということを繰り返している。こうしてイシグロ氏の生の英語に触れながら、彼の創作の秘密に迫ってみたいと思っている。

それから、先日、カズオ イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したときの記念講演の対訳本を読んだ。『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー』(早川書房 刊)という。
これは音声を収録したCDが付属していない本だけれども、幸いなことにYouTubeに講演の公式動画が丸々アップされている。オバマ大統領の次は、同様にこれを音読トレーニングしていこうと考えた。

僕にとっては、オバマ大統領の米語スピーチを音読トレーニングした後に、今度はブリティッシュイングリッシュで同じ練習が出来て実に好都合なのである。
イシグロ氏は端正な英国発音ながら、日本人にとって聞き取りやすい発声をしていると僕には感じられる。やはり、元々が日本人だったためだろうか?有り難いことである。

多分、オバマ大統領もカズオ イシグロ氏も、僕がもし英検1級の勉強をしていなかったら、ここまで関心を持って取り組んでいなかったかも知れない。
いつも思うことだけれども、語学の勉強は畢竟、人の眼を開かせる効果があるのだと思う。有り体に言えば、視野が広がるというわけなのである。これは実に大きな効用だと思われるのだ…。


それから、先月「カズオ・イシグロ入門講座」なる講演会のチラシを見つけた。講師は、千葉県にある大学の教授で英文学者だ。特に、イシグロ氏を研究対象にしているらしい。
これは、イシグロ入門者である僕にとって、まさに最適で渡りに船のような企画だなw 早速、申し込み受付開始と同時に参加を申し込んでおいた。

実は、イシグロ氏の小説を僕はまだ読んだことがない。上記のように、映画をふたつほど観ただけだ。
いずれも例えるならば、麗らかな日和にそっと頰を撫でていく涼しげな風のように、一抹の何ものかをそばに置いて去って行くような映画作品であった。その柔らかな憂いを持った情感こそが、これらの持ち味なのだろうと感じる。

もし機会が許せば、今のこの一冊を読み終えたあとに、イシグロ氏の小説を原書で読んでいってみようか。
やはり、『The Remains of the Day』(日の名残り)か『Never Let Me Go』(わたしを離さないで)のいずれかが良いだろう。これもまた、実に楽しみなことだと思っている…。

さて、『わたしを離さないで』に関して、もうひとつ。TBSで数年前に放送されたTVドラマ版をAmazonプライムビデオで観たのである。率直に申し上げて、大変に素晴らしい内容の番組だった。


(TV版は公式の予告編が見当たらなかったので、ファンの方が作ったと思しき動画を…でも公開禁止になってしまいましたね)

こちらの物語は、舞台を日本にローカライズされ、いくつかの設定も書き換えられた謂わば翻案作品なのだけれども、映画版の4〜5倍もの長尺を利用して、実に詳細な描写でストーリーが組み立てられていたように感じた。
TV番組であった故か、出演者たち(子役も含めて)の演技が大仰なのは幾分致し方がないとして、良く練られた脚本の筋が観る者たちそれぞれの立場に適用することが出来るよう実に考え抜かれているという印象を持ったのである。

この脚本家の方の経歴を少し調べてみると、大学で宗教学を専攻し、大手企業で会社員を経験されて書き手の職へと就かれたようである。なるほど、物語が受験から就職へと繋がる競争社会や宗教的な洗脳の問題にも通底するように感じられたのはそのためだったのか。
何れにせよ、とても久し振りに感銘を与えられたTVドラマであった。勿論、カズオ イシグロ氏の原作が秀逸だったからであるのは論を待たないだろう。色々な思いを込めて、このドラマの挿入曲の歌詞対訳を前回、投稿したのであった…。

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それにしても、『わたしを離さないで』という邦題は秀逸な日本語訳だなあと思いますね…。『Never Let Me Go』のgoという動詞には意外と多くの語義があるのです。辞書によっては20以上も載っているくらいですが、その中には「消える」「死ぬ」という意味まであるのですから…。イシグロ氏は、この原題にダブルミーニング以上の様々な意味を込めに込めたのだろうと思われてなりません。この映画やドラマを未見の方は、是非ともご覧になってみて下さい。きっと何かを残していってくれることでしょう…。

カズオ・イシグロ 著『わたしを離さないで』(文庫)
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