息子と一緒に遥々、2泊3日のお出かけなのだ…(その3)

お出かけ

前回のつづき。息子とのお出掛け、2日目である。

この日の朝は、いつもの習性で午前4時に目が覚めてしまった。日曜日にも拘らず、身体が平日の早朝の仕事の時刻に合わせてしまう。部屋の中も外も、まだ真っ暗。仕方がないので、布団の中でまんじりとしながら過ごした。多少は眠かったのである。
6時過ぎに起き出して、朝食を食べた。それから、朝の風景を見るために、窓から外を眺めたり、周囲を歩き回ったり。気温は思っていたほど低くはない。寒さも余り感じられなかった。暖冬なのだろうか?

7時過ぎに、漸く日の出。前回も書いたように、東の山脈が近い上にやや高いので、その分だけ遅れて太陽が昇る。45分くらい遅いのだと思う。明るくなってきた空を見上げていると、UPSのジェット貨物機が西から東へ、飛行機雲を残して通過して行った。
そんな暁を撮影。それが、トップの写真である。僕が小学生の頃は、今回と同じ場所から30倍の屈折式望遠鏡を使って、この山から昇る月をよく観察したものだ。その当時は、こんなに電線が見えなかった筈だ。やはり、かなり増えたのだろう。

西に遠く聳えるアルプスは、暁光を受けて、冠雪がほんのりと色付いているように見える。こちらも、電線を避けながら、どうにかズームで撮った。

前の晩に日周運動の写真撮影を行った場所の遥か向こうでは、謎の煙が…。農家が枯れ草でも焼いているのかな?煙が中天に輪となって広がる。この日の朝は、風が幾分弱かったのである…。


さて、この日は、やることがあった。母からの頼まれごとである。数年前に帰省した際、「今度来たときで良いから、レコードを聴けるようにして欲しい」と言われていたのだ。

実家には、父が40年くらい前に購入したステレオがある。メーカーはTRIO(トリオ)だ。TRIOは、後にKENWOOD(ケンウッド)という名称となり、今は日本ビクターと合併したため、JVCケンウッドというのだと思う。
そんな昔のブランド名のステレオコンポーネントシステムが、実家の押入れに仕舞い込まれていた。確か、僕が高校生のときまでは現役でよく使われていたのだけれども、僕も弟も大学進学で家を出ると、誰も使わなくなり仕舞われたのだった。

元々、父が若い頃にデパートで購入したものだったのに、父は生憎と音楽を聴く趣味がそれ程にはなかった。同じレコードやテープを家や車の中でたまに繰り返し聴く程度だったのである。それなのに何故か、高いお金を払ってこのようなものを買い揃えたのだ。
母は、都はるみや石川さゆりなどの演歌を好んで聴いた。でもやはり頻度は多くない。従って、僕たちが10代になると、圧倒的に子供たちの音楽鑑賞の道具となった。僕は、小学生の高学年の頃には使い方を覚えた。

それからは、レコードをカセットテープにダビングして聴いたり、FM放送を録音したり。CDプレーヤーを買って貰ってからは、CDを聴くためのアンプとスピーカーとして活躍した。
つまり、僕のオーディオ遍歴のスタートとなったと言っても良いステレオ一式なのである。(正確に言うと、これ以前に僕は、幼稚園児の頃から自分専用の小さなレコードプレーヤーを使っていたのだけれども)

そんな、実働が十数年、その後の休眠期間が20年以上の機器を、押入れから引っ張り出した。母の要望は、レコード鑑賞なので、先ずはレコードプレーヤーを調べる。
だいぶ前の投稿で、僕はレコードプレーヤーを修理したときのことを書いた(その一連の投稿は、こちらから)。一台はダイレクトドライブ機で、サーボ回路のトランジスタを交換して直した。

もう一台は、ベルトドライブ機で、すっかり伸び切って駄目になったゴムベルトを太めの輪ゴムで代用した。今回の実家のレコードプレーヤーは、ベルトドライブである。つまり、後者の修理法が適用できそうだ。
そう思って、僕は事前にうちから適当な輪ゴムを見繕って持参していた。この交換だけで再びレコードが聴けるようになるのならば、万々歳だ。その見込みはあった。

どうやら、弟が先にこのプレーヤーを弄ってみたようで、伸び切ったゴムベルトは既にターンテーブルから外してあった。正月に帰省してきたときに、やはり母から頼まれて修理してみようと思ったのだろう。
ただし、彼には、輪ゴムで代用するという知恵はなかったようだw 作業は途中で中断していたのである。僕は改めて、ターンテーブルを外し、中に輪ゴムを掛けて元に戻した。

こうして、ターンテーブルの穴からは、上の写真のようにやや場違いな色が見えるw でも、廻ればそれで良いのだ。あとは、聴いて確かめる必要がある。次に取り出すのは、アンプとヘッドホンだ。

試聴用に、LPレコードも1枚出して来た。昔懐かしい、杉山清貴&オメガトライブである。B面の1曲目、「君のハートはマリンブルー」をかけてみる。林哲司氏作編曲の切なさと爽やかさの入り混じったサウンドがノスタルジーを誘う…。
杉山清貴氏の歌声がやや低く聞こえた。実際に、腕時計のストップウォッチで計ってみたところ、4分55秒の曲が5分20秒弱で演奏されていた。随分と狂っているようにも思えるけれども、まあ数パーセントの誤差なのである。

旧式のアナログオーディオとして考えるのならば、ギリギリ許容範囲といったところだろうか?やや苦しいかなw 回転数のアジャスターが付いていない機種なので、これはこれでもう仕方がないだろう、と思う。
ひとまず、レコードプレーヤーは良いとして、他のものをどんどん出してセッティングしていこう。スピーカーふたつと、チューナーにカセットデッキである。ちなみに、このステレオの専用ラックは、父が本棚がわりに使ってしまっているのだw

押入れからは、僕が中学高校の頃に聴いていたLPレコードが何枚も出て来た。これは、以前の投稿で、うちのクローゼットから多数のレコードが出て来た際、足りなかった分である。やっぱり、実家にあったのだ。
嗚呼、見つかって良かった…。何枚かは坂本龍一キョージュのLPである。僕の宝物だ。他には、ラジオのプレゼントで当選して貰った、山下達郎氏のLP『Big Wave』などなど、全部で10枚も見つかったのである。

アンプ、チューナー、カセットデッキを空いている机の上に積み上げた。それから、父の道具箱から電線の端切れを見つけて来て、スピーカーケーブルを作り、繋ぐ。
こうして、40年も前のステレオシステムを漸く再現である。母が早速、都はるみのLPを持って来て聴いた。上述の回転数の遅さは気にならないようだ。良かった…。

母はとても喜んで、「やっぱり、若いって良いわね。何でも屋さんね」と言う。別に、若くもないんだけどなw 父はもう、こういうことにはすっかりと疎くなってしまったようなのだ。歳を取ったせいだという訳なのだろうか…?
次回に、つづく)

……

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