ジャズとクラシックが、サントリーホールで出逢う。これは実に、新しい音楽体験だったのだ…

お出かけ

トップの写真は、10日ほど前の午後10時頃に撮った月。旧暦で12日だったので、この月に名は特にない。ちなみに、翌日は十三夜の月であった。
実は、8時過ぎに南中を見計らって撮影するつもりが、雲があまりにも厚くて観察できなかった。それで待つこと1時間半あまり、漸くこうして撮ることを得たというわけである。月光が周囲の雲に乱反射してか、艶やかな色彩を帯びていると思う。

さて、この撮影日は夏至であった。気づけば、もう既に7月である。実に早いもので、今年も半分が終わったのだ。
おかしいなあ…ついこの間、お正月の獺祭を呑んだばかりのような気がするのだけれども。次回、この美味しい純米大吟醸を味える日も直ぐにやって来るというわけなのだw まあ気長に(?)待つことにしようかの。


さて、きのうは生憎の雨ではあったけれども、夕方からサントリーホールまで出掛けてきた。東京都交響楽団(都響)の第931回定期演奏会Bシリーズである。
目当ては、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」。ソリストは何と、ジャズピア二ストの小曽根真氏だ。これは見ものだと思って以前から狙っていたのだw


(傘をさす人影が見える、サントリーホールの入り口)

チケットの発売日は事前に、6月中旬である旨が発表されていた。そこで、僕は6月15日頃に都響の公式サイトを見にいくと、既にその10日ほど前に発売が開始されていたのであった。「中旬」という告知は何だったのだろう…。

仕方がないので、残席の中から選ぶことにした。
そこで気づいたのだけれども、サントリーホールにはP席と呼ばれる、パイプオルガン周辺の席種があるのだ。つまり、ステージの向こう側である。そのP席で下手寄りの席がひとつ残っていた。ここならば小曽根氏の手元がよく見えると思い、買った。

僕は、こういったステージの反対側の席で演奏会を鑑賞するのは初めてのことである。巷の噂では、音響が前後も左右もまるっきり逆になるので非常に聴きにくい等など散々ではあるけれども、見晴らしは良さそうである。ワクワクしながら当日を待った。

そして、実際にサントリーホールへ行ってみると、そこは思っていた以上に小振りのハコであった。
例えば、直近であれば2年前、僕はそのときも都響の演奏会で、東京芸術劇場へ行った。あそこは3階席まであったので、高さも奥行きもサントリーホールよりひと回りも大きかったのであった。

そんなことを思い出しながら、サントリーホールはコンパクトなんだなあ、と感じたのである。
さて演奏会では、ラフマニノフの前に、前半のプログラムとしてスエーデンの現代作曲家、ペッテションの「交響曲第7番」が披露された。苦悩に満ちた悲劇的な楽想が特徴的であるこの作曲家の代表作だ。


(今回とは別の演奏ですが、ペッテションの「交響曲第7番」です)

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が一種のロマンチシズムに溢れた楽想だとすると、ペッテションは正にその対極にあると言っていいだろう。極めて現実的なメランコリーである。
但し、ラフマニノフには精神疾患に罹って作曲の筆を暫く折らざるを得なかった時期があった。その快復後における復活の狼煙が、まさしく「ピアノ協奏曲第2番」だったのだ。

つまり、今回我々はサントリーホールにおいて、ペッテションのメランコリックなシンフォニーを聴くことによって、間接的にラフマニノフの患った苦悩を知り、それを踏まえた上で次に「ピアノ協奏曲第2番」を聴くという、謂わば追体験プログラムのような趣向になっているのだ。

ペッテションの「交響曲第7番」は極めて重い音楽であった。一方で、このコンパクトに感じられるハコは、きっとどの席で聴いても大きな違いはそれほどまでに感じられないだろう、と思われるような鳴り方をした。P席でも充分に楽しめるなあ、と思ったのである。
時折打ち鳴らされるシンバルの音は、奏者の位置が近いこともあって、とても迫力があり、この深い川のように重々しい流れのシンフォニーに一層の刺激を与えていた。加えて、何故だか、コントラバスの音もよく聞こえたので、重低音のうねりも増し加わったのだった。


(今回の指揮者を務めた、アラン・ギルバート氏。小曽根氏の友人でもある)

50分ほどで、ペッテションは終わった。指揮者のアラン・ギルバートの熱演もあって、気迫の感じられた演奏であった。こうして、我々は一旦、精神的奈落へと堕ちて、次にはラフマニノフの華麗なるロマンで地上へと這い上がって行くのである。期待に胸が高鳴る。

20分の休憩の後、小曽根真氏が登場した。2年前に「ラプソディ・イン・ブルー」を観に行ったときと同様、銀色に輝く燕尾服である(いや、あのときは青系の銀だったかも)。
冒頭にロシア正教の鐘の音を模したピアノの和音が鳴り、オーケストラによる分厚くうねるような弦楽のパッセージがそれに続く。

小曽根真氏は、2年前の「ラプソディ・イン・ブルー」の演奏時、様々なアドリブやオリジナルのカデンツァを加えて、独自の演奏を繰り広げていた。それで、演奏時間が幾分超過したくらいである。今回も、僕はそんな唯一無二の演奏を期待したのだった。
先達てSNSには、小曽根氏が、ラフマニノフの楽譜に複雑そうなコードネームを書き加えてリハーサルに臨んでいる写真が載っていた。なるほど、やっぱりジャズの人はコードで理解していくのだな、と僕なんかは感心したものだ。

果たせるかな、第2楽章で小曽根氏のオリジナル・カデンツァが炸裂した。通常であれば、最低音に近い鍵盤から始まるカデンツァの出だしが、何と反対の高音から繰り出されたのだ。僕は一瞬「!?」と感じたけれども、直ぐに理解した。ははーん、遂に出たな…と。
それから後も、事あるごとに、独自のパッセージが現れては消えていった。まるで黒く細長い宝箱から、次々と輝かしい宝石や貴金属が飛び出すかのように。

圧巻は、第3楽章のラスト近く、またもやアドリブ調のソロが登場。この曲の大団円に先んじて、フィナーレに華を添えた形となった。小曽根氏のピアノはとにかく、最後まで気持ちが良い。とても胸のすくラストであった。

ラフマニノフのメランコリーをビフォア・アフターで追体験するプログラムは大成功だ。拍手は10分以上に渡って鳴り止まず、楽団員の皆さんが引き上げた後も尚、小曽根氏と指揮者のアランはカーテンコールに応えて何度も何度も来てくれた。

P席から見ていて面白かったのは、S席で「ブラボー」とか「感謝!」と書かれた小さな横断幕を広げて声援の代わりにしている方たちが何人かおられたことだ。コロナ禍で掛け声が禁止なので、その代用というわけなのだろう。僕もいつか、真似しようかなw


(帰り際に撮った一枚。ピアノの蓋は、カーテンコールの際、小曽根氏が自ら閉めた)

ことほど斯様にして、小曽根真氏のオリジナリティ満載のラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番」。僕はこれを「シン・ラフマニノフ」と名付けることにした。
最近、岡田斗司夫氏が動画配信で「どうやら宮崎駿氏は『シン・ナウシカ』を制作中であるらしい」と言っているのを見たばかりだったから、「シン」という言葉がが頭に残っていたのだw

願わくは、この「シン・ラフマニノフ」が、ペッテションの「交響曲第7番」と一緒にCD化されんことを…。こんなに面白いプログラム、そして自由で希望とロマンに満ちたラフマニノフは、きっともう他にないからである。

さてさて、ついでに…。
終演後の退場は、座席ブロックごとの指定で順番が決められた。密にならないためであろう。僕は一番最後に退場することになった。すると、既にひと気の少なくなった1階のロビーに、如何にもギョーカイ人らしい人たちの朗らかな一団があった。

その輪の中心に、やや小柄の若い男性がいたのだけれども、最近人気女優との結婚で大きな話題になった俳優兼シンガーソングライター氏であるように思われたのである。
いや、顔の半分がマスクで隠れていたので確信はない。でも、いつも笑っているようなあの両目の形が同じであるように感じたのだ。小曽根氏のファンだったのだろうか、はてさて…。


きのうの小曽根真氏による「シン・ラフマニノフ」の興奮醒めやらぬ中、テオドール・クルレンツィスの再来日リブート公演の発表があった。
僕は昨年の再来日公演のチケットを買ったのだけれども、コロナ禍で結局、中止および払い戻しとなったのであった。再び公演の機会があれば、また必ずチケット争奪戦に参加するぞ!wと心に決めていたのだ。


(出典:KAJIMOTO「ニュース」

こんども場所は、やはりサントリーホール。奇遇だなあw またパイプオルガン側の席にしようか。
プログラムはベートーヴェン一色だけれども、ヴァイオリンやピアノのソリストは未定。またコパチンスカヤだと良いなあ。もしそうならば、ヴァイオリン協奏曲の日を選ぼう。いずれにせよ、これは今から非常に楽しみなことである…。

……

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